展覧会
展覧会Exhibition

日常の光-写し出された広島
Photographed Hiroshima: Everyday Light Image 

特別展

2020年7月23日(木) ~ 2020年8月23日(日)


3階展示室では、藤子不二雄Ⓐ展の来夏への延期を受けて、「日常の光-写し出された広島」と中止となっていた春の所蔵作品展から「前衛陶芸集団「走泥社」の時代」を併催します。
「日常の光-写し出された広島」では、広島県出身の6人の写真家の活動を辿り、移り変わる戦後から現代において、いかに日常の情景を写真に留めようとしたかを紹介します。

作品画像:藤岡 亜弥『川はゆく』より 平成26(2014)年


「日常の光-写し出された広島」チラシPDFデータは
下記よりダウンロードができます。

チラシダウンロードはこちらから(PDF:1.75MB)

概要

2020(令和2)年7月23日(木・祝)~8月23日(日) 9:00~17:00
※金曜日は20:00まで開館
※入場は閉館の30分前まで

会場:広島県立美術館 3階展示室

休館日:月曜日 ※8月10日(月・祝)は開館

所蔵作品展の入館料 一般510円(410円)/大学生310円(250円)
縮景園共通券:一般610円/大学生350円
※( )内は20名以上の団体
※障害者手帳をお持ちの方や65才以上の方、県内の大学に在学する留学生の方などは無料。
※当館で開催中の所蔵作品展入館券でご覧いただけます。

同時開催

3階 所蔵作品展「前衛陶芸集団「走泥社」の時代」
2020(令和2)年7月23日(木・祝)~8月23日(日)

主な作品


松重 美人《御幸橋西詰 8月6日午前11時頃》昭和20(1945)年 中国新聞社所蔵


髙田 静雄《仲良し》昭和13(1938)年頃 写真提供:髙田トシアキ


迫 幸一《息吹》昭和29(1954)年


笹岡啓子『PARK CITY』より平成30(2018)年


藤岡 亜弥『川はゆく』より 平成26(2014)年

作家紹介

松重美人(1913-2005)

1945(昭和20)年8月6日午前8時15分、原爆投下によって、広島は未曽有の被害をこうむりました。立ち昇るきのこ雲を捉えた写真は複数残されていますが、この日の被災者の姿は、松重が撮影した5枚の写真しかありません。
御幸橋西詰にて撮られた写真には20人余りが撮影されていますが、ひとりひとりの顔ははっきりと写ってはいません。多くの人たちは全身に火傷を負って苦しんでおり、「あまりにもむごくてもう撮れなかった」と松重は述べています。新聞記者という立場ではありましたが、突如奪われた日常を撮影することは容易ではありませんでした。

明田弘司(1922-2015)

明田は、戦後60年余りにわたり、広島が荒廃から復興し、今日に至るまでの様相を撮影し続けました。混迷した時代であったにも関わらず、写真に悲壮感は殆ど見られません。そこには、逞しく生きる人々を被写体とし、希望を託そうとした様子が垣間見えます。
報道写真の先駆者である名取洋之助が広島を訪れた際には、「広島市は原爆ですべて焼き尽くされた。元に戻るのにこれから何年かかるか分からないが、皆さんはそれを記録しなさい」と教示を受けます。このことが転機となり、当時29歳であった明田は、広島を写真に残し続けました。

髙田静雄(1909-1963)

髙田は1936(昭和11)年、砲丸投げの日本代表としてベルリン・オリンピックに出場しました。「砲丸王」と呼ばれ、1934(昭和9)年に樹立した日本記録は29年間破られませんでした。
1945(昭和20)年、中国配電(現・中国電力)での勤務中に被爆し、生涯、原爆症に苛まされました。身体が思うように動かなくなったため、長男の助けを借りながら二人三脚で撮影地に出向いたといいます。アスリートの喜びや悲しみを自分ならば鮮明に写し出せると考え、近隣の学校の運動部などを訪問し、写真を残しました。また、自身が住んでいた己斐の街の風景も数多く撮影しており、そこには何気ない日常に平和を見出した髙田の考え方が垣間見えます。

迫幸一(1918-2010)

迫の若い頃の夢は、詩人になることでした。しかし、文学的才能の限界を自覚し、小学校5年生から慣れ親しんでいたカメラの世界へ入り込んだといいます。彼の作品に見られる、抒情性豊かな人物や風景、幾何学性を活かした抽象的な表現には、こうした思想背景が感じられます。
原爆被災後の混乱期は、職場を転々とする中、焦燥感から脱出することを求め、悪天候の日も写真撮影に没頭したといいます。原爆ドームを撮影した写真も多く見られますが、撮影の根底には「全世界の人々に戦争の恐ろしさ、むなしさを伝え、心から平和への気持ちを新たにさせてくれる」という思いがありました。

笹岡啓子(1978-)

広島市内に生まれた笹岡は、上京してこの地を一度離れたときに、平和記念公園の「ぽっかりがらんとした」空間に違和感を覚えるようになったといいます。
2001(平成13)年から継続的に制作・発表されている『PARK CITY』は、爆心地であった平和記念公園とその周辺を撮影したシリーズです。
原爆投下前の中島地区は、現在と異なり、商店や民家に加え、旅館や映画館などがひしめく繁華街でした。
作者は、こうした薄れていく被爆の記憶を現在に見出だそうとするの一方で、知識や想像によって安易に過去を理解したつもりになることへ警鐘を鳴らします。

藤岡亜弥(1972-)

2013(平成25)年、藤岡はニューヨークでの4年半の滞在を終え、広島市内の川沿いにアパートを借りて生活を始めます。この川の街を歩き回る中で、これまで撮影されていなかった新たな広島像を見出し、『川はゆく』というシリーズにつながりました。
作家は、過去と同居しながらも日常を生きる人たちの姿を照らし出そうとしました。川は上流から下流へと流れます。しかし、潮の満ち引きによって流れはときに逆になると、暮らしの中で気付いたといいます。時間は、常に未来へと流れ続けますが、ときに埋もれた下層の記憶が逆流によって巻き上がるかのように、その写真は、過去の広島を現在の眼に浮かび上がらせます。

【同時開催】 3階 所蔵作品展「前衛陶芸集団「走泥社」の時代」

1948年に京都で結成された前衛陶芸集団「走泥社」を特集します。


八木一夫《盲亀》昭和39年/1964年

関連イベント

インスタギャラリートーク

8月5日(水)17:00~ 当館主任学芸員 山下寿水

当館公式インスタグラムからご覧ください↓

開催クレジット

主催:広島県立美術館

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